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西武バス練馬営業所


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西武バス練馬営業所(せいぶバスねりまえいぎょうしょ)は、東京都練馬区南田中に位置し、練馬区東部の路線バスと都内発着の高速バスを主に担当する西武バスの営業所である。他に観光バス(一部は西武観光バス担当)が配属され、路線バスの運行は西武自動車に委託されている。

車庫最寄りの停留所は、都営バス「練馬車庫」、国際興業練馬北町車庫」との混同を避けるため、「南田中車庫」としている。営業所前には関東バスの停留所もあるが、こちらは道路向かいにあった「育英高専」である。

2007年3月18日より、上石神井高野台新座と共にICカードシステム(PASMOSuica)が一般路線に導入されたが、深夜急行の小手指線では利用出来ない。

沿革

都心への路線拡張と営業所の開設


1951年、大泉営業所に続く都区部2番目の西武バス営業所として練馬区豊玉北に開設された。終戦直後の西武自動車発足時には、都区部では大泉・関町周辺で営業しているだけだったが、路線は徐々に都心方面へと拡張されていくこととなり、特に都営関東との乗り入れによる都心直通路線の新設に力が注がれた。このうち、練馬が担当した路線は1948年に開業した新橋線(石神井公園駅 - 新橋駅)、丸山線(鷺ノ宮駅 - 新橋駅)、1950年に開業した大久保線(新井薬師駅 - 大久保駅 - 東京駅)であり、後の2つは関東バスを加えた3者共同運行であった。都心直通路線以外では、1949年から1954年にかけて、成増線(練馬駅 - 成増町)、井荻線(豊島園 - 荻窪駅)、鷺ノ宮線(鷺ノ宮駅 - 吉祥寺駅)のような現行路線の基礎となる区間を含むいくつかの路線が開業した。また、社史と当時の自治体資料で若干記載内容が異なるが、同じころ池袋駅から江原中野通りを経由して新井薬師方面に向かう路線を池袋線として開業している。

1955年山手通りの開通に伴う路線免許の競願に対し、西武に免許が下ったため、中井線(宿20)の運行が開始された。1959年にかけては新宿線(新宿駅 - 豊島園)、成池線(池袋 - 成増町)などが相次いで新設され、新宿・池袋を発着する路線が強化されていく。

路線網の強化と営業所の移転


1960年代になると、練馬区内では宅地化の進行と同時に道路も整備され、練馬駅とこれらの街を結ぶ路線が数多く新設される。北町の都営住宅近くは北町線(練馬駅 - 練馬北町)が乗り入れ、南部の豊玉・中村地区でも練馬鷺宮線(練馬駅 - 鷺宮二丁目)、練馬循環線(練馬駅 - 豊玉南一丁目循環)が開通、谷原地区には練馬と成増を結ぶ2番目の路線として谷原線が運行を開始した。既存路線では、新橋線が大泉学園駅まで、大久保線が江古田二丁目まで延長されたほか、池袋線が短期間で上高田五丁目へ乗り入れた。1965年には、環七の開通に伴う路線免許の競願に対して、今度は数社に免許が下り、西武は高円寺線の運行を開始した。これについて社史には高円寺駅 - 練馬駅(現・関東バス高60)が開業したとあるが、1969年の路線図によればこれは出入庫で、本線は池袋駅 - 高円寺駅となっている。このように新路線の開通が相次ぎ、営業所が手狭になったことから、1968年に営業所を現在の南田中に移転した。移転に伴い、新橋線が大泉営業所に移管されるなど、若干の路線調整があったようである。

一般路線の再編成と高速バス


この時代になると、交通量の増加に伴いバスは思うような運行ができなくなり、路線の整理も行われるようになった。特に練馬は他社が営業基盤を持つ地域に後から参入した路線も多かったため、運行が維持できずに路線単位で廃止されたものも少なくない。都心直通路線は最終的に丸山線と大久保線を担当していたが、前者は1969年に、後者は1971年に廃止された。また、1960年代半ばころから1970年代後半にかけて、新宿線、成池線、練馬鷺宮線、練馬循環線、池袋線、高円寺線などの路線が次々に廃止され、中野区には路線が殆ど無い状態となった。井荻線は、井荻駅 - 豊島園が短縮され、成増線と北町線は練馬駅西側の踏切渋滞を避けるために豊島園発着となり、さらに北町線は平和台駅が開業したことにより乗客が減少し、1984年に廃止された。この年にはグラントハイツ跡地に光が丘団地が完成したのに伴い、団地と成増・豊島園を結ぶ光が丘団地線の運行が開始され、街が成熟するにつれ主力路線となった。翌年には他社に先駆けて東京 - 新潟を結ぶ高速路線が開業し、想定以上の収益をあげたことから路線網が拡張、練馬営業所が運行を担うこととなった。

1990年代は、大江戸線の開通で路線の整理も実施されたが、2000年代は大江戸線に接続する土支田循環線のような新路線も開業している。

現行一般路線

中井線


西武百貨店を発車(A7-226)

西武百貨店(池袋駅東口)と新宿駅を目白駅・中井駅・東中野駅経由で結ぶ。西武の一般路線において池袋駅、新宿駅へ入る路線は本系統のみで、宿20-1は出入庫である。

当路線では、池袋駅東口の停留所名を「西武百貨店」としているのが特徴であるしかしLED式の表示機は「池袋駅東口」を大きく表示し、放送も「池袋駅東口」となっている。2008年2月16日の改正により、宿20は従来の半数以下の運行回数へ減回され、練45(西武百貨店 - 練馬駅)が廃止された。このため、23区内を走る西武の一般路線では他路線と接続しない、孤立した路線となった。

かつては、1997年まで中落合 - 新宿駅を併走する宿62との共通定期券取扱いも行っていた。宿62の短縮後、同系統との併走区間である山手通りを南北に走行し、大江戸線と完全な併走区間に加え、山手通りで行なわれていた首都高中央環状新宿線の工事影響による利用客の逸走は否めず、前述の運行本数減回へとつながった。

石神井荻窪線(井荻経由)、井荻線、高野台荻窪線


  • 荻11:荻窪駅 - 清水三丁目 - 井荻駅入口 - 八成橋 - 石神井公園駅南口(関東バス青梅街道営業所と共同運行)
  • 荻12:荻窪駅 - 清水三丁目 - (←井荻駅入口) - 井荻駅(関東バス青梅街道営業所と共同運行)
  • 荻12-1:荻窪駅 - 清水三丁目 - 井荻駅入口 -(←井荻駅)- 八成橋 - 南田中車庫(深夜バスあり)
  • 荻17:荻窪駅 - 清水三丁目 - 井荻駅入口 - 八成橋 - 練馬高野台駅
  • 石21:石神井公園駅南口 - 八成橋 - 南田中車庫

高速路線の増強により敷地が手狭になったため、石神井公園駅関連の系統上石神井担当の吉60は、以前も一貫して上石神井担当だった。上石神井に移管されたが、荻12だけは練馬が引き続き担当することになった。その後、荻11も練馬に再移管され、それらの出入庫として石21が新設された。なお、荻11・12は関東バスと共同運行する。

環八の練馬地区延伸開通・立体交差による工事が進み、乗降調査でのデータを検討した結果、2007年7月16日に荻17を新設した。旧早稲田通りの狭隘道路を走行して石神井公園駅に発着するバスとは別に、よりダイレクトに西武池袋線と中央線を結ぶバスを走らせてほしいとのアンケート結果からの新設である。ただ、現時点では始車・終車共にラッシュ時ピークの需要とはややかけ離れた時間帯での運行となっている。関東バスとの共通乗車券は、八成橋 - 井荻駅 - 荻窪駅間で使用可。荻17新設に伴い、荻11と石21は減便され、荻11は概ね1時間あたり1-2本程度の運行に改定されている。また、共同運行の関東バスが石神井公園駅まで顔を出すのは、午前から14時前後までとなっている。

荻12については、西武担当の出入庫を兼ねたもののみ南田中車庫までの運行であったが、2008年5月頃から、車庫の向かいの育英高専跡地にできたグランドメゾン杉並シーズンの開発により乗降客数が増え、増発要請もあったことから、西武が担当する半数以上が南田中車庫発着となった。ただし、井荻駅行きの延長の形であることと関東バスとの共通運行を考慮し、この路線のみ当初は井荻駅(旧・井荻駅降車場)に入る。このため、荻11・17よりも若干遠回りになっていた。2010年3月6日のダイヤ改正で、南田中車庫出入庫便は荻12-1と独立し、また南田中車庫行き入庫便は井荻駅には入らなくなった。同改正では平日のみ南田中車庫行き深夜バスが新設されている。

狭隘区間の見通しの悪い道路地点には、関東バスも併せて車輌誘導員が業務にあたっており、円滑な運行や事故防止に貢献している。

光が丘団地線


  • 光31:成増駅南口 -(地下鉄成増駅→)- 光が丘七丁目 - 光が丘三丁目 - 光が丘駅深夜バス有り、光が丘IMA経由)
  • 光32:成増駅南口 -(地下鉄成増駅→)- 光が丘七丁目 - 光が丘三丁目 - 光が丘駅 - 日大練馬光が丘病院
  • 練高01:成増駅南口 -(地下鉄成増駅→)- 光が丘七丁目 - 光が丘南入口 - 練馬高野台駅
  • 練高02:成増駅南口 -(地下鉄成増駅→)- 光が丘七丁目 - 光が丘南入口 - 練馬高野台駅 - 南田中車庫
  • 深夜:成増駅南口 → 地下鉄成増駅 → 光が丘七丁目 → 光が丘南入口 → 南田中車庫

練馬区の中北部にある光が丘団地と東武東上線、西武池袋線を連絡する。成増駅から光が丘駅・日大練馬光が丘病院方面、笹目通りを経由して練馬高野台駅・南田中車庫方面に分かれる。グラントハイツ跡地に建設された光が丘団地の入居にあたっては、関係者の協議により西武バスが東上線に連絡する路線、国際興業が有楽町線に連絡する路線を開設することが決定した。これを受けて1984年4月28日に開通したもので、当初は成増駅 - 光が丘団地 - 豊島園を結ぶ豊12・13だったが、開通から2年を経て、成増側からの光が丘三丁目までの折返し便として豊12-2が新設された。

1987年、団地の中心部に大型商業施設「光が丘IMA」が完成し、豊16(成増駅・成増町 - 光が丘IMA - 光が丘三丁目)が新設された。同時に、谷原二丁目を経て練馬駅に至る練44(後の練高01の原型)も登場した。この時点では成増駅南口のロータリーが整備されておらず、整備が完了した1991年4月に全便が成増駅南口発着となるまで、朝と夜は「成増駅着・営団成増駅発」で、日中は川越街道上の「成増町」が終点だった。

その後、1991年-92年にかけて暫定開業した大江戸線との並行区間のある豊12が廃止、光が丘病院の開院による豊16の同病院乗り入れ、および団地の南側を経て病院に至る豊17の新設が実施された。1997年12月に大江戸線が新宿まで延伸すると、地下鉄への接続強化と光が丘三丁目折返場が廃止された(後述)ことにより、1998年4月に豊15を光が丘駅へ乗入れ光31、豊17を光が丘駅へ立ち寄るように変更して光32とした。

ここまでに開設された系統は、練馬駅発着便を除き、すべて系統番号に「豊」の文字を冠していた。これは、開通当初の本線である豊12の起点、豊島園を示すもので、この記号を支線に相当する系統にも使用していたため。当線における「豊」系統は以下の通り。

  • 豊12:成増駅 - 光が丘団地 - 豊島園
  • 豊13:成増駅 - 光が丘団地 - 南田中車庫
  • 豊14:南田中車庫 - 光が丘三丁目 - 豊島園
  • 豊15:成増駅 - 光が丘七丁目 - 光が丘三丁目
  • 豊16:成増駅 - 光が丘IMA - 日大練馬光が丘病院(1992年9月15日までは光が丘三丁目発着)
  • 豊17:成増駅 - 光が丘七丁目 - 日大練馬光が丘病院

豊12廃止以降は改正を機に、これを他の駅を示す記号で置き換えるようになり、1994年の練馬高野台駅開業による改正、1998年の光が丘駅乗入れ改正を経て、現在「豊」という記号は消滅。光が丘団地への路線はこれ以外にも、吉60が「吉祥寺駅 - 成増町 - 光が丘IMA - 光が丘三丁目」の路線で運行していた(西武バス上石神井営業所参照)が、光が丘三丁目折返場の廃止、および成増を通し利用する乗客の減少により、1998年4月に成増町 - 光が丘三丁目が短縮された。

光が丘三丁目折返場について

光が丘三丁目折返場は、1984年4月28日に光が丘団地線が開設された時に、都営12号線(当時)が開通するまでの条件で練馬区から西武バスに土地が貸し出され、開設されたものである。12号線は1991年12月に光が丘 - 練馬が暫定開業したが、この時は地下鉄への乗客の転移は少なく、バスの運行に大きな影響はないと判断され、貸し出しは継続した。1997年12月の新宿延伸開業によって利便性が向上したため、年度末にあたる1998年3月31日をもって折返場は練馬区へ返還され廃止された。跡地は現在、夏の雲公園の一部になっている。

谷原線


  • 練40:南田中車庫 - 八成橋 - 谷原三丁目 - 光が丘南入口 - 土支田交番 - 成増町
  • 練41:南田中車庫 - 八成橋 - 谷原二丁目 - 高松二丁目 - 中村橋駅入口 - 練馬駅北口
  • 練42:練馬駅北口 - 中村橋駅入口 - 高松二丁目 - 谷原二丁目 - 光が丘南入口 - 土支田交番 - 成増町
  • 練43:練馬駅北口 - 中村橋駅 - 富士見台駅 - 南田中車庫

練馬駅から目白通りを西進し、高松二丁目付近で旧道を走り、笹目通りを経て成増町に至る。本線は練42で他は全て出入庫。1991年4月の団地線・成増線の成増駅南口ロータリー乗り入れまでは、練42のうち朝の6便が成増駅行きで運行されていた。また、1987年4月-1994年12月は日中に限り練42と練44が交互運行されたが、現在は練44が廃止(練馬高野台駅発着の練高01・02に変更)になり、もとの運行になっている。都営12号線工事の際は、成増発の練42・44の一部が「練馬駅前通り」止まりとなったが、現在は全便練馬駅北口まで運行される。

練馬駅 - 谷原二丁目は新江62とほぼ併走するが、共通乗車券の取扱いは行なわれていない。また、練馬駅から西方向へ進路をとる他会社系統(都営・関東・京王)とは異なり、上下運行経路ともに目白通り上の「練馬区役所」停留所は経由していない関東・京王共に、目白通り上「練馬区役所」停留所へは、練馬駅発のバスのみ経由する。西武は、千川通り上「練馬区役所入口」停留所のみ停車する。

成増線


練馬駅から田柄地区、下赤塚駅を通り成増駅まで南北に結ぶ。現存する当営業所管内の路線の中では最古で、1950年10月10日に開通した。このほかに池袋駅東口(西武百貨店)から目白通り・練馬駅を経て成増までの直通便があり、これを成池線と呼んだ。その後、渋滞の悪化に伴う長距離バス需要の低下により、1960年代に成池線が廃止、70年代に入ると西武池袋線の踏切渋滞を避ける形で豊島園以南が廃止された。これにより、以後の成増線は、豊11-2として朝夕に練馬駅発着便を若干走らせていた時期を除き、長らく豊島園 - 成増間の運行に徹することとなった。

2003年、西武池袋線の高架化により踏切渋滞が解消され、練馬駅北口広場も完成したことにより、同駅周辺の交通状況が大幅に改善された。同時に豊島園駅ロータリーが廃止され、4月1日より再び練馬駅への乗入れを行うこととなり、練馬駅 - 豊島園が延伸され、系統番号が練46(練馬駅 - 豊島園 - 南田中車庫)、練47(練馬駅 - 豊島園 - 成増駅)へ変更された。この改正時に練46・47と共に、方向幕ではオレンジ地に白ヌキの文字で記載されるようになり、異なる経路で運行される練42との区別をし、利用客に分かり易いサービス提供を行なった。なお、この改正直前の系統は下の通りであり、これらは豊島園を起終点とする最後の系統であった。

  • 豊09:豊島園 - 富士見台駅 - 南田中車庫
  • 豊11:豊島園 - 練馬春日町駅 - 下赤塚駅 - 成増駅
  • 豊14:豊島園 - 光が丘三丁目 - 南田中車庫

このうち、豊09と豊14は1984年の光が丘団地線開業と同時に設定された。改正により豊14は延伸で練46に、豊09は練43に統合される形で廃止された。現在、当線の出入庫は練43が基本で、練高02(練47の平日成増駅南口発の始発のみ)もある。

下赤塚駅停留所と東上線下赤塚駅とは、川越街道からも見えるくらいの近さ・利便性だが、より停留所と最も近い鉄道駅としては有楽町線の地下鉄赤塚駅である。

土支田循環線


  • 光20-2:光が丘駅 → 日大練馬光が丘病院 → 土支田一丁目 → 光が丘駅
  • 練高03:光が丘駅 → 光が丘七丁目 → 練馬高野台駅 → 南田中車庫

2002年3月16日に、光が丘と土支田地区の連絡強化を目的に開通した短距離の循環路線。開業の2ヵ月後には国際興業が本数を上乗せする形で参入し、両社の共同運行となったが、本数は西武のほうが多い。2003年12月16日に練高03の運行を開始したが、光20-2の入庫便を営業運転するように設定したもので、南田中車庫行きの一方向運行・ごく少数の運行回数となっている。

深夜急行(ミッドナイトアロー)


月曜-金曜の西武池袋線終電後に運行している。もとは池袋駅から光が丘経由で保谷駅に至る路線と、池袋駅から小手指駅へ行く深夜急行を一本化したものである。池袋駅東口1:15発(小手指駅行き)と1:30発(清瀬駅入口行き)があり、金曜日の清瀬駅行きは小手指駅まで延長される。乗車は池袋駅のみで、運賃は乗車時に行先を告げ、現金払い。回数券・バス共通カード・ICカードでの支払いは出来ない。

現行高速路線


高速車両(新潟線)(1295)
練馬が担当する高速路線は以下の各線である。()内は共同運行会社名。路線の単独記事がある路線については、ここでは詳述しない。千曲三線びわこドリーム号大宮・東京 - 鳥羽・南紀線については各記事を参照。

長野線


運行区間略図

池袋から関越道・上信越道経由で長野市に至る。東京と長野を結ぶ高速バスは京王電鉄バス川中島バスが運行する新宿 - 長野線があり、競合関係にある。原則、全便とも化粧室付き4列シート車両で運行される。

富山線


池袋と富山市を結ぶ高速路線。北陸の都市間高速バスの草分け的存在で、2007年12月に開業20周年を迎えた。比較的長距離のため昼行便と夜行便が設定されている。使用車両は西武、富山地鉄両社ともスーパーハイデッカー、ハイデッカーの独立3列シート車(日産ディーゼル)が使用される。ただし、続行便については4列シート車が使用される場合がある。

空港連絡路線


廃止・移管路線


ここでは、廃止時に練馬担当だった路線について記載する。それ以外の廃止路線については、各営業所の記事を参照のこと。

丸山線


  • 丸山線:新橋駅 - 四谷見附 - 新宿駅西口 - 小滝橋 - 目白五丁目 - 哲学堂 - 都立家政 - 鷺ノ宮駅

廃止時まで練馬が担当した都心直通路線は2路線あり、その1つである。都営関東との3者共同運行で112系統と呼ばれた。西武は新橋 - 鷺ノ宮の通し便のみを運行した。終戦直後の1948年に開業し、1969年に廃止された。

大久保線


大久保線も関東・都営との共同運行による都心直通路線の1つで、1950年に開通した。末期は江古田二丁目まで短縮されて1971年に廃止された。廃止後、都営は東71として東京駅 - 大久保駅の運行を継続し、現在は高71となっている。

北町線


1960年代の初めころに開通した。1970年代までは練馬駅を起点としていた。終点の練馬北町は、国際興業の田柄一丁目に近い位置にあり、その北側の北町六丁目には都営住宅が広がっていた。1983年に有楽町線が延伸開業し、終点近くに平和台駅ができてからは乗客が減少し、翌年に廃止された。

23区内で最後までツーマン運転を行っていた路線と言われている。ワンマン化は1974年11月とされているが、ワンマン化後も暫くは一部でツーマン運行されており、完全にワンマン化されるまで数年の時間を要した。

高松循環線


  • 光20-1:光が丘駅 → 田柄三丁目 → 高松小学校北 → 第一ホテル光が丘東門 → 光が丘駅

光20-2と同時に誕生した光が丘駅南側を回る循環路線。乗客の定着した土支田循環に対して乗客が伸び悩み、減便の末廃止された。

その他一般路線


  • 井荻11:井荻駅 - 八成橋 - 南田中車庫
  • 石01:石神井公園駅 → 石神井庁舎 → 比丘尼橋 → 三軒寺 → 石神井公園駅(循環)
  • 石02:石神井公園駅 → 石神井庁舎 → 比丘尼橋 → 土支田八幡 → 成増駅
  • 石02:成増駅 → 土支田八幡 → 比丘尼橋 → 三軒寺 → 北田中 → 石神井公園駅
  • 石12:石神井公園駅 - 八成橋 - 南田中車庫(荻11系統の上石神井営業所一時移管の際に廃止される。その後、荻11系統が再移管された際に石21系統として復活)
  • 石13:石神井公園駅 - JA東京あおば - 上井草駅入口
  • 荻14:石神井公園駅 - JA東京あおば - 上井草駅入口 - 上井草駅 - 荻窪警察 - 荻窪駅
  • 練46:南田中車庫 - 谷原三丁目 - 光が丘南入口 - 光が丘三丁目 - 練馬高校 - 練馬春日町駅 - 豊島園 - 練馬駅

以下は、本文中記事も参照されたい。

  • 豊09:豊島園 - 富士見台駅 - 南田中車庫
  • 豊11:豊島園 - 練馬春日町駅 - 下赤塚駅 - 成増駅
  • 豊12:成増駅 - 光が丘団地 - 豊島園
  • 豊13:成増駅 -(営団成増駅→)- 光が丘団地 - 南田中車庫
  • 豊14:南田中車庫 - 光が丘三丁目 - 豊島園
  • 豊15:成増駅 -(営団成増駅→)- 光が丘七丁目 - 光が丘三丁目
  • 豊16(初代):成増駅 -(営団成増駅→)- 光が丘IMA - 光が丘三丁目
  • 豊16(2代):成増駅 -(営団成増駅→)- 光が丘IMA - 日大練馬光が丘病院
  • 豊17:成増駅 - (営団成増駅→) - 光が丘七丁目 - 日大練馬光が丘病院
  • 練41(初代):練馬駅 - 貫井 - 谷原二丁目 - 成増町
  • 練42-1:成増町 → 谷原二丁目 → 練馬駅前通り
  • 練44:練馬駅 - 谷原二丁目 - 光が丘団地 - 成増駅
  • 練44-1:成増駅 → 光が丘団地 → 谷原二丁目 → 練馬駅前通り

(練44、練44-1の各系統は、光が丘団地線の豊系統と同じで開設当初は朝と夜は「成増駅着・営団成増駅発」で、日中は川越街道上の「成増町」が終点だった。1991年4月に成増駅南口ロータリーが整備完了し全便成増駅南口発着となった。)

大阪梅田線(高速バス)


大阪梅田線は阪急バスと2社で運行していたが、2008年4月18日をもって西武は撤退し、阪急バスの単独運行となった。同社はその後、羽田京急バスと共同運行していた品川- 大阪線(シャトー号)と統合し、同時に京急が撤退して、阪急が単独で池袋から品川・横浜を経由して、京都・大阪に至る路線を運行するようになった。
なお、西武バスによる営業協力は継続されているほか、東京での乗務員休憩、バス管理などは引き続き、練馬営業所で行われている。

前橋線(高速バス)


  • 前橋線:池袋駅東口 - 前橋バスセンター(日本中央バスと共同運行)

池袋・前橋間には、日本中央バスとの共同運行による高速バスを運行していたが、2005年8月1日に西武は撤退した。これにともない、日本中央バスは従来より前橋・新宿間を単独で運行していた路線と、この池袋発着の路線を統合し、新たに新宿-池袋-前橋間の路線を開業した。

光が丘・羽田空港線


2001年4月20日に運行を開始した。一日7往復が運行され、京浜急行が3往復、国際興業と西武バスがそれぞれ2往復を担当した。練馬区西北部、板橋区西部と羽田を直結する路線として、光が丘駅を起点とし途中成増駅と高島平駅で客扱いを行った。しかし、利用客が多く望める西武池袋線と接続しておらず、利用者数が少なかったため、2003年3月末日の運行を最後に廃止となった。

所属車両

一般路線車


一部を除き、日産ディーゼル製エンジンに富士重工製、近年は西日本車体工業製車体の車輌が配属されている。音声機器は西武バス初のレゾナントシステムズ製を採用している。中型車はスロープ付ワンステップバス・ノンステップバスが中井線の全便を担当し、予備車が谷原線、井荻線に運用される。ツーステップバスは谷原線、井荻線を中心に運用される。2008年2月に中型ノンステップ車3台導入により1996年式が全廃した。

大型車は、ワンステップ車・ノンステップ車が光が丘団地線・谷原線・成増線で運行されている。CNGノンステップ車(A5-41) は谷原線専用で、練馬営業所最後の大型ツーステップ車かつ3ドア車(A8-568) も谷原線・成増線で運行している。2007年2月、練馬営業所で大型ワンステップ車としては最初に投入されたKL-UA452MAN(A1-743)が高野台営業所へ転属したが、車両の補充はされていない。2008年3月、実に30年ぶりとなる日野の大型車(ブルーリボンシティハイブリッド・BJG-HU8JLFP)が導入された。

土支田循環と練高03は日野・リエッセで運用される。

高速車及び観光南田中


在籍車のほとんどが日産ディーゼル・スペースウィングで、製造年次により富士重工車体と西日本車体工業車体の車両が在籍している。2006年度からはいすゞ2代目ガーラもが導入されている。金沢・氷見・富山線は3列シート車29人乗り(計12台)、高田・新潟・長野線は4列シート車34人乗りが使用される。ガーラのうち3台は、大泉学園駅羽田空港成田空港間の西武バス担当便新設に合わせて所沢営業所から移籍している。42人乗りは大泉学園駅〜羽田空港・成田空港線と、深夜急行に兼用で使用されている。観光南田中は45人乗り、49人乗り、42人乗りトイレ付、20人乗りが存在している。

脚注


参考文献


  • 伊東浩司「西武バス系統一覧・1992年12月24日現在」1993年(※完売)


ねりま
営せいふはすねりま
営せいふはすねりま
営ねりま



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