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桜田 淳子(さくらだ じゅんこ、1958年(昭和33年)4月14日 - )は日本の元女優、歌手である。秋田県秋田市出身。サンミュージック所属(活動当時)。重度の近眼。3児の母。秋田市立日新小学校→秋田市立秋田西中学校→品川女子学院中等部・高等部(転入)→国本女子高等学校(転入)卒業。愛称は「ジュンペイ」(月刊平凡・1976年9月号より)
来歴
歌手として・女優として
1972年(昭和47年)7月19日(放映は8月6日)、中学2年生(14歳)の時に日本テレビの人気オーディション番組『スター誕生!』の秋田県民会館で行われたテレビ予選テレビ予選・決戦大会の映像は現存していないが(写真は存在)、予選大会(司会者の萩本欽一が直接現地に出向いた)の映像(フィルム録画)は現存している。で牧葉ユミの『見知らぬ世界』を歌い後に『スタ誕』に挑戦した山口百恵も牧葉の『回転木馬』を歌った。、番組史上最高得点となる573点で合格(挑戦者は7人で、合格ラインは250点。会場が500点、プロは各自100点の計500点で、合計が1000点満点)。同年9月6日(放映は9月17日)、後楽園ホールで行われた第4回決戦大会で、これも番組史上最高の25社から獲得の意向を示すプラカードが上がり、審査員からの評価も圧倒的で最優秀賞(グランドチャンピオン)を受賞した。ホリプロ創業者の堀威夫の自伝『いつだって青春』によれば当初桜田はホリプロ入りの意向を示していたが、ホリプロには既に同番組出身の森昌子が所属しており、(スタ誕の出身者が)同じ事務所ばかりに偏っては・・・という日本テレビ側の政治的配慮もあって結局サンミュージックに所属する事になったという。また桜田本人は後年テレビのトーク番組で、ファンだった森田健作が所属する事務所であり(『スタ誕』決戦大会にゲスト歌手として出演していた)、その森田自身が持つクリーンなイメージを事務所にも重ね合わせて決めたとも語っている。1973年(昭和48年)2月25日にビクター音楽産業より歌手デビュー。デビュー曲『天使も夢みる』は12.1万枚を売上げ、オリコンチャートでも12位につけるなど好スタートを切った。また、歌う時に被っていたキャスケット(2枚目のシングル『天使の初恋』まで)は桜田のトレードマークとなり、当時「エンジェルハット」と呼ばれて話題になった。この時点で既に人気アイドルの仲間入りを果たしていたが、その後、同じ『スター誕生!』出身で、同世代の森昌子・山口百恵と共に花の中三トリオ(当時)と呼ばれるようになり、トリオとしての名称は3年後の「高三トリオ」まで続いた。3枚目のシングル『わたしの青い鳥』のヒットで、第15回日本レコード大賞新人賞、第4回日本歌謡大賞放送音楽新人賞を受賞。更にその年の大晦日には第15回日本レコード大賞の最優秀新人賞にも輝いた。
4枚目のシングル『花物語』で初めてオリコンチャートのベストテン入りを果たす。続く『三色すみれ』『黄色いリボン』『花占い』も順調にベストテン入りし、8枚目のシングル『はじめての出来事』ではオリコンチャート第1位を獲得。その後も『ひとり歩き』『十七の夏』『夏にご用心』『ねえ!気がついてよ』『気まぐれヴィーナス』『しあわせ芝居』『リップスティック』『サンタモニカの風』等々、数々のヒットを飛ばした。シングルは累計で600万枚近くを売り上げ、トータルで18曲をオリコンチャートのベストテンに送り込んでいる。1975年(昭和50年)にはオリコン・シングルレコード年間売上げ、ブロマイド売上げ、及び各種人気投票でいずれも女性歌手部門の1位になるなど、名実共に1970年代を代表するトップアイドルのひとりであった。
また、コメディエンヌとしてのセンスもあり、特に『8時だョ!全員集合』で見せた志村けんとの「夫婦コント」(『私って駄目な女』シリーズ)での絶妙なかけ合いは、音響、照明効果も相まって人気を博し、お茶の間だけでなく、井上ひさしら放送作家達からも絶賛された。歌手として活躍する一方で、女優としても1975年の映画「スプーン一杯の幸せ」を皮切りに、「遺書・白い少女」「若い人」「愛情の設計」「愛の嵐の中で」と、5本の映画で主演を務めていたが、1978年には東宝歌舞伎の大御所、長谷川一夫の指名により、『おはん長右衛門』で舞台女優にも挑戦。初舞台ながら長谷川一夫の相手役を好演し、この頃から役者としての資質が特に注目されるようになった。その資質は翌年の市川崑監督作品「病院坂の首縊りの家」での一人二役を経て、更にその翌年の初主演ミュージカル『アニーよ銃をとれ』で大きく開花し、その年の芸術祭大衆芸能部門(2部)優秀賞を、当時史上最年少で受賞するなど高い評価を得た。この頃から次第に女優としての活動に比重が置かれるようになっていき、1983年に発売された小椋佳作曲のシングル『眉月夜』のリリ-スを最後に歌手活動を停止、完全に女優業へ転向した。その後は数多くのテレビドラマ、舞台、映画で活躍し、歌手時代のみならず、女優に転向してからも芸術選奨(大衆芸能部門 文部大臣新人賞)や菊田一夫演劇賞(演劇賞)を始め、数多くの賞を受賞している。
当時の女性アイドルの中では背が高く、スタイルも良かったため、『週刊プレイボーイ』、『平凡パンチ』、『明星』、『平凡』などで何度もグラビアを飾っている。また喋り方に特徴があり、ものまね番組などでサ行の発音をデフォルメして真似されることも多く、フジテレビのシチュエーションコメディ『やっぱり猫が好き』内でも、出演者の一人である小林聡美が度々桜田の物真似を披露してる。アイドルでありながらリクエストされれば秋田弁で喋ってみせたり、秋田音頭や持ち歌をお国訛りで歌ったりする等サービス精神が旺盛で、70年代後半に井関農機の田植機『さなえ』のCMに起用された際も、「やっぱし早苗だべさ」というお国訛りのセリフが有名になった。
合同結婚式以降
1992年6月30日、5日前に山崎浩子が2か月後に行われる世界基督教統一神霊協会(統一教会)の合同結婚式に参加することを記者会見したのに続き、同じ合同結婚式に参加することを記者会見で表明した光言社出版企画部(編) 『誰も書かなかった国際合同結婚式』(光言社 1993年3月1日) ISBN 978-4876560301 。このとき、統一教会に入信していた姉の影響で19歳頃から入信していたことを自ら明らかにした。その合同結婚式で会社役員と結ばれ、夫の地元の福井県敦賀市に移り住んだ。桜田淳子の実父(故人)は桜田の姉が世界基督教統一神霊協会(統一教会)に入信した際、全国原理運動被害者父母の会の支部(現 全国統一協会被害者家族の会)「秋田父母の会 陽光会」に参加し会長を務めたこともあった。、
この合同結婚式に桜田ら有名人が何人も参加したことによって、統一教会と脱会した元信者らを中心とする反統一教会側との間の訴訟問題がよりクローズアップされるようになり、その中でいわゆる「霊感商法」と呼ばれたものについてコメントを求められた際、「喜んでいる人もいる」当時の記者会見ではTBS、フジテレビ等の芸能記者も前置きとして同様の発言をしている、「物を売ることのどこが悪いんですか?」「普通のビジネス」などと答えたことが霊感商法を擁護したとして批判を呼んだ桜田淳子の芸能界復帰はない(有田芳生の『酔醒漫録』 2007年1月23日)。しかしマスコミからは前述のような、前後の発言の流れを無視した言葉尻のみを取り沙汰されることも多く、、次第に発言そのものを控えるようになっていった。ちなみに桜田自身がこの件で直接告訴されたり、あるいは関係していたとされて訴えられた事実は現在まで一切ない。また、かつて自分の所属していた事務所サンミュージックの社長・相沢秀禎に壷を売りつけていたのでは?とも報じられたが、これについては社長自身が「教会の講義を一度聞いてみたい」と桜田に頼み、紹介された関係者から後日購入したものであることを双方共に記者会見やインタビューで明らかにしており、両者の「売りつけた、買わされたということではない」という趣旨の発言が各局ワイドショーで放送されて以降、この件についてはフェイドアウトしていった。その後も桜田が信者の集会や教会関連のイベントで講演したりしたことから「統一教会の広告塔」とみなされ芸能マスコミから度々批判を浴びたが、一方で直接関係のない話題であっても、統一教会絡みの話題に「桜田淳子らが参加した合同結婚式で有名な」と名前を引用した当時のスポーツ紙・週刊誌の記事、ワイドショーのタイトルも数多くあり、そのような中で自身の発言が誤解を生むのを避けるためか、結婚後のある時期からは、マスコミ向けに出したコメントはすべて自筆の手紙のみである。
1993年の3月に公開された映画『お引越し』への出演が現時点で最後の芸能活動となっている。騒動の最中、スポンサーが特定の宗教のイメージを嫌ってCMの契約が全部なくなったことや、「まわりには迷惑をかけられない」との理由で当たり役だった『細雪』の舞台(四女役)の降板を自ら申し出たことなどから、結婚後は仕事を干されたかのように報じられているが、1994年に長男を、1996年に長女、1998年には次女を出産し(いずれも自宅で自然分娩)子育てに専念していた間も映画出演等の具体的な出演依頼はいくつか来ており、関係者や本人によれば「子育てに忙しく身動きが取れない」という理由で全て断っていたとのことである。2000年4月に夫が経営していた会社をたたみ、同年8月、夫の高齢の母の世話をするため、近所の兵庫県西宮市に移り住む。その間2003年9月『桜田淳子BOX~そよ風の天使~』<完全生産限定10,000セット>が発売され、これにも自らの自筆メッセージを寄せた。2004年には東京都世田谷に転居。その後も桜田が統一教会関連の集会で講演したり、歌を披露したりしている姿が報じられ、また『日刊ゲンダイ』の無署名記事では、夫は統一教会の幹部になったと報じられたりもしたが、2006年12月19日発売の『女性自身』での夫への直撃インタビューでは本人がこれを否定、現在は会社を整理した際に残った資産の運用で生計を立てていると答えている。
近況
2006年11月24日には14年間の沈黙を破り、自作のエッセイ集『アイスルジュンバン』(集英社)が発売された。子育ての事、近所づきあい、学校の先生との触れ合い等について書いており、その良妻賢母ぶりに共感する声もあがる一方で、合同結婚式に参加し、マスコミから広告塔として騒がれたことについて一切触れていないとして、ワイドショーや週刊誌記事では軒並み批判的な論調が多かった。もっとも『婦人公論』(2007年1月22日付)のインタビューではこのことについても語っており、著書の中で触れなかったことに「隠したつもりはありません、ただ(教会のことについて)発言することでまた泥仕合になるのは避けたい、今の私は甘受したいと思います。」と答えている。また、同インタビューでは仕事復帰をほのめかす発言もしており、エッセイの出版や東京への引越もその足がかりでは、と見たマスコミによる「桜田淳子 芸能界復帰」の憶測報道もなされたが、その後表立った芸能活動は行っていない。
2007年、歌手時代に発表した全19枚のオリジナルアルバムがCDで復刻された。購入特典のメッセージ入りCD「声の手紙」(非売品)の中では、かつてのオリジナル作品3曲を間に挟む形で語り、およそ10数年ぶりに肉声を披露している。また2008年には、過去のライブアルバム9枚もCD化され、これに1979年にNHKで放送された「ビッグショー『桜田淳子 明日への序曲』」のDVDを加えた「桜田淳子BOXスーパー・ライブ・コレクション」が発売されている。
音楽
代表曲
- わたしの青い鳥(1973年8月25日) - 第15回日本レコード大賞最優秀新人賞受賞
- 花物語(1973年11月5日) - 初のオリコン・ベストテン入り
- はじめての出来事(1974年12月5日) - オリコン・第1位獲得
- 十七の夏(1975年6月5日) - 第17回日本レコード大賞大衆賞受賞
- 夏にご用心(1976年5月25日) - 日本歌謡大賞放送音楽賞受賞
- 気まぐれヴィーナス(1977年5月15日) - 第19回日本レコード大賞候補ノミネート
- しあわせ芝居(1977年11月5日) - 第20回日本レコード大賞金賞受賞
- リップスティック(1978年6月5日)
- サンタモニカの風(1979年2月25日) - 日本歌謡大賞プロデューサー連盟賞受賞
- 化粧(1981年1月1日)
シングル
| 天使も夢みる | 阿久悠 | 中村泰士 | 高田弘 | ||
| 天使の初恋 | |||||
| わたしの青い鳥 | |||||
| 花物語 | あかのたちお | ||||
| 三色すみれ | 馬飼野康二 | ||||
| 黄色いリボン | 森田公一 | ||||
| 花占い | 月刊明星』で公募 | ||||
| はじめての出来事 | 竜崎孝路 | ||||
| ひとり歩き | 筒美京平 | ||||
| 白い風よ | 石森史郎 | 桑原研郎 | NHK朝の連続テレビ小説『水色の時』主題歌 | ||
| 十七の夏 | |||||
| 天使のくちびる | |||||
| ゆれてる私 | |||||
| 泣かないわ | 萩田光雄 | ||||
| 夏にご用心 | |||||
| ねえ!気がついてよ | 大野克夫 | ||||
| もう一度だけふり向いて | 穂口雄右 | ||||
| あなたのすべて | 和泉常寛 | 船山基紀 | |||
| 気まぐれヴィーナス | |||||
| もう戻れない | |||||
| しあわせ芝居 | 中島みゆき | ||||
| 追いかけてヨコハマ | |||||
| リップスティック | 松本隆 | ||||
| 20才になれば | |||||
| 冬色の街 | 橋本淳 | ||||
| サンタモニカの風 | ナショナルエアコンCMイメージ曲。 2007年に別歌手によってロッテ『ACUO』CMソングに起用される。 | ||||
| MISS KISS | 佐藤準 | ||||
| 伊藤薫 | 松井忠重 | ||||
| 尾崎亜美 | 鈴木茂 | ||||
| 康珍化 | |||||
| 岡本おさみ | 深町純 | TBSテレビドラマ『愛の教育』主題歌 | |||
| 三浦徳子 | 鈴木邦彦 | ||||
| 化粧 | 大村雅朗 | 愛していると云ってくれ』収録曲のカヴァー | |||
| 山上路夫 | 平尾昌晃 | 玉ねぎむいたら…』主題歌 | |||
| 小林和子 | 小田裕一郎 | ||||
| 実川俊 | |||||
| 犬丸秀 | 青木望 | 2005年4月、早風美里がカヴァー。 | |||
| 茅野遊 | 小椋佳 | 奥慶一 | |||
出演
映画
- スプーン一杯の幸せ (松竹 1975年)
- 花の高二トリオ・初恋時代 (東宝 1975年)
- 男はつらいよ 葛飾立志篇 (松竹 1975年)
- 遺書・白い少女 (松竹 1976年)
- 若い人 (東宝 1977年)
- 愛情の設計 (松竹 1977年)
- 愛の嵐の中で (東宝 1978年)
- 病院坂の首縊りの家 (東宝 1979年)
- 動乱 (東映 1980年)
- イタズ (東映 1987年)
- 海へ see you (東宝 1988年)
- 善人の条件 (松竹 1989年)
- 花の降る午後 (東宝 1989年)
- オーロラの下で (東映 1990年)
- 白い手 (東宝 1990年)
- 曼荼羅 若き日の弘法大師 (東宝東和 1991年)
- お引越し (日本ヘラルド映画 1993年)
ドラマ
- どっこい大作 第3部(1973年、NET)59話 「咲け!のぞみの花」 篠田梨花役
- てんつくてん(1974年、NTV)三波伸介、森昌子等と共演。
- 若い!先生(1974年、TBS)篠田三郎と共演。第2話「17歳の花ことば」 楠本夕子役
- となりのとなり(1974年~1975年、NTV) 主人公の娘役
- あこがれ共同隊(1975年、TBS)郷ひろみ、西城秀樹等と共演。
- 江戸プロフェッショナル・必殺商売人(1978年、ABC・松竹)オープニングのナレーションを担当。
- かたぐるま(1979年、NTV)
- 愛の教育(1980年、TBS)
- 玉ねぎむいたら…(1981年、TBS)
- 街~若者たちは今(1982年、NHK)
- はらぺこ同志(1982年、TBS)
- 水戸黄門 第13部(1982年 TBS・C.A.L)第8話「悲願を秘めた蜆売り・吉田」 柏木妙役
- 外科医 城戸修平(1983年、TBS)
- 大奥(1984年、KTV)おまき役
- 25歳たち~危うい予感(1984年、NTV)
- 許せない結婚(1985年、TBS)
- 季節はずれの蜃気楼(1985年、NHK)
- 澪つくし(1985年、NHK朝の連続TV小説)
- 水曜ドラマスペシャル 「夏樹静子の湖に立つ女」(1986年、TBS・テレパック)
- 独眼竜政宗(1987年、NHK大河ドラマ)
- ニューヨーク恋物語(1988年、CX)
- 池中玄太80キロ(第3期)(1989年、NTV)
- 世にも奇妙な物語 『ゴミが捨てられない』(1990年、CX)
- 男と女のミステリー『プアゾンの匂う女』(1991年、CX)
- 世にも奇妙な物語 『8時50分』(1991年、CX)
- 火曜ミステリー劇場『黄金の犬』(1991年、ANB)北守礼子役
- 居酒屋兆治 (1992年、CX)
CM
- 井関農機(ヰセキ)田植機『さなえ』シリーズ(1975 - 1982年)
- SSK『プリンゼ』
- ダリヤ
- 江崎グリコ(マカナッツチョコ、コメッコ、パリポアイス、知床しぶき)
- 尾崎商事『カンコー学生服』(1974 - 1977年)
- 東洋証券
- わかもと製薬 強力わかもと
- 学研 中一コース・中二コース・中三コース
- エスエス製薬(エスタック、ブロン)
- 日本ビクター 純白カラーテレビ
- 小林製薬(ハナエ・モリ芳香剤)
- 日本電信電話公社(現・NTT)(1978年)
- 山一證券
- リンレイ
舞台
- おはん長右衛門(1978年10月 東京宝塚)
- おはん長右衛門(1980年3月 新歌舞伎座)
- アニーよ銃をとれ(1980年10月 新宿コマ)
- 大奥最後の日(1983年5月 帝国劇場)
- アニーよ銃をとれ(1983年9月 シアターアプル)
- 細雪(1984年2月 東京宝塚)
- リトルショップ・オブ・ホラーズ(1984年8月 博品館劇場)
- 細雪(1985年5月 東京宝塚)
- 細雪(1985年8月 国立文楽劇場)
- エドの舞踏会(1986年2月 東京宝塚)
- 細雪(1986年3月 中日劇場)
- 十二夜(1986年7月 日生劇場)
- アニーよ銃をとれ(1986年10月 シアターアプル)
- 女坂(1988年1月 東京宝塚)
- 細雪(1988年5月 東京宝塚)
- 細雪(1989年1月 国立文楽劇場)
- 野田版・国姓爺合戦(1989年11月 銀座セゾン)
- 細雪(1990年10月 東京宝塚)
- 細雪(1990年11月中日劇場)
- 楡家の人びと(1991年5月 東京宝塚)
- 墨東綺譚(1991年11月帝国劇場)
紅白歌合戦
- 『黄色いリボン』(1974)
- 『はじめての出来事』(1975)
- 『夏にご用心』(1976)
- 『気まぐれヴィーナス』(1977)
- 『しあわせ芝居』(1978)
- 『サンタモニカの風』(1979)
- 『美しい夏』(1980)
- 『This is a "Boogie"』(1981)
- 『セーラー服と機関銃』(1982)
バラエティ番組
- お国自慢 日本一!(日本テレビ)素人参加。出演当時11歳。
- カリキュラマシーン(日本テレビ)
- 霊感ヤマカン第六感(ABC)
- 8時だョ!全員集合(TBS)
- ドリフ大爆笑(フジテレビ)
- 笑っていいとも!・テレフォンショッキング
- 西田敏行・桜田淳子のもちろん正解(TBS)
- 今夜は最高!(日本テレビ)
- 徹子の部屋(テレビ朝日)
みんなのうた
- 春のゆくえ(1975年2月~3月)
歌番組
著作
- 『テレビ人生!「そんなわけで!!」録』 池田文雄著 コアラブックス(イラストを担当) 1985年12月
- 『神様がくれた贈り物(シルク)』 角川書店 1992年9月 ISBN:4041834015
- 『アイスルジュンバン』 集英社 2006年11月 ISBN:4087804518
受賞歴
- 1973年度
- 1974年度
- 『NHK紅白歌合戦』出場 以降9年連続出場(~1982年)
- 1975年度
- 1976年度
- 日本テレビ音楽祭 敢闘賞受賞
- 全日本歌謡祭 ベストアクション賞
- 日本歌謡大賞 放送音楽賞
- 1977年度
- 日本テレビ音楽祭 特別賞受賞
- 日本歌謡大賞 プロデューサー連盟賞
- 新宿音楽祭 ベスト10受賞
- 日本レコード大賞 大賞候補10曲ノミネート
- 全日本歌謡祭 ベストアクション賞
- 1978年度
- 日本レコード大賞 金賞『しあわせ芝居』
- 1980年度
- 1986年度
- 昭和六十一年度芸術選奨 大衆芸能新人賞
- 1987年度
- 第13回菊田一夫演劇賞 演劇賞 舞台『女坂』の演技
- 1988年度
- 第62回キネマ旬報 助演女優賞 映画『イタズ』の演技
- 第12回日本アカデミー賞 助演女優賞 映画『イタズ』の演技
- 第43回毎日新聞映画コンクール 助演女優賞 映画『イタズ』の演技
- 報知映画賞 助演女優賞 映画『イタズ』の演技
- 日刊スポーツ映画大賞 助演女優賞 映画『イタズ』の演技
- 1990年度
- 第14回日本アカデミー賞 助演女優賞 映画『花の降る午後』の演技
- 報知映画賞 助演女優賞 映画『花の降る午後』の演技
- 日刊スポーツ映画大賞 助演女優賞 映画『花の降る午後』の演技
- 1991年度
- 第12回日本文芸大賞 ルポルタージュ賞 シルクロード探検ルポ『神様がくれた贈り物』
- 1993年度
- 第67回キネマ旬報 助演女優賞 映画『お引越し』の演技
- 第48回毎日新聞映画コンクール 助演女優賞 映画『お引越し』の演技
- 第17回日本アカデミー賞 助演女優賞 映画『お引越し』の演技
脚注
関連項目
- 花の中三トリオ
- スター誕生!
- 秋田市立秋田西中学校
- 世界基督教統一神霊協会(統一教会)
- 合同結婚式
- 試験にでる英単語(昭和50年代においてidolの代名詞として言及)
外部リンク
*
日本の歌手
日本の俳優
日本のアイドル
世界基督教統一神霊協会の人物
過去のサンミュージック所属者
ビクターエンタテインメントのアーティスト
NHK紅白歌合戦出演者
秋田県出身の人物
1958年生
存命人物