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新進党しんしんとう、略称:新進New Frontier Party"NFP")はかつて存在した日本政党

1994年細川護熙羽田孜両内閣に参加した、新生党公明党民社党日本新党自由改革連合などの非自民・非共産勢力が自社さ連立政権の発足を受けて合流し結成した。自民党と並ぶ二大政党のひとつに成長することを目指したが、1996年第41回衆議院議員総選挙で敗北し、以後、党内抗争が激化、1997年 公明党出身勢力が離脱する方針を固めたことに伴い、両院議員総会で分党を決定し、解散した。

概要


  • 理念は「自由公正友愛共生」。
  • 党結成において小沢一郎(当時:新党準備委員会委員長)は「保守党」と名付けることを希望したが、周囲の反発により断念した。
  • 政策は当時の自民党より右派的・新保守主義的であった。
  • 結成時の議員数は214人(衆議院176人、参議院38人)である。結党時の議員数が200人を超える政党が結成されたのは1955年の自由民主党以来39年ぶりであった。

結党の経緯


1994年の村山富市内閣の発足で下野した旧連立勢力は次期総選挙で施行される小選挙区比例代表並立制への対応に迫られていた。小選挙区で自民党に対抗するためには各党が合流して候補者を1名に絞らなければならず、新・新党を結成する流れが一気に傾いた。党名は一般公募から「新進党」「希望党」「新風党」「清新党」「人間党」の5つに絞り、さらに新党準備会に所属する国会議員219人の投票によって、「新進党」に決められた。ちなみに、もっとも票の少なかった「人間党」は、『スポーツニッポン』によれば、「「選挙時に現職は“現人間”、元議員は新聞などで“元人間”、新人候補は“新人間”と表記される」などの笑い話もあり、9票しか入らなかった。」『スポーツニッポン』2010年4月15日 同じ略称「日本」で遺恨!「新党」VS「たちあがれ」という。結党によって衆議院議席数は社会党を抜いて衆議院第二党になった。初代党首選挙はは村山の首班指名に反発し、自民党を離党した自民党総裁経験者であり総理大臣経験者たる自由改革連合代表海部俊樹が勝ち抜いた。1995年7月の第17回参議院議員通常選挙において改選議席の19議席から40議席へと議席を倍増させ比例区の票では自民党の獲得票を上回る躍進を見せた。

相次ぐ党内対立と分党



1995年12月の海部の任期満了に伴い行われた党首選において元首相の羽田孜と幹事長の小沢一郎が激突し、小沢が第二代党首に就任する。海部と争った前回の党首選に続き敗退した羽田支持グループは以降、党運営を巡り小沢との対立を深めていくことになる。1996年10月の第41回総選挙で敗北し政権交代に失敗(主な敗因は、原則として重複立候補禁止し多くの小選挙区で僅か1万票前後の差で落選者が出たため)、選挙後の羽田らの離党や自民党による引き抜き工作により求心力を失いつつあった小沢執行部は、自民党との大連立構想、いわゆる保保連合構想を模索する。自民党内で自社さ派の加藤紘一野中広務に対抗する保保派の梶山静六亀井静香との関係強化を図った。しかしこれに対し自民党に取り込まれると党内から反対論が吹きだし、小沢の求心力をさらに失わせる結果となった。

1997年12月、旧公明党の参院・地方議員を中心とする政党公明が新進党への合流を取りやめ、1998年(平成10年)の第18回参院選に独自で臨む事を決定。これにより、旧公明の新進党離れは決定的になった。小沢は純化路線に進むことを決断し、12月27日に両院議員総会を開き新進党の分党と新党の結成を宣言。混乱の末、自由党(後に保守党と分裂)、改革クラブ新党平和新党友愛黎明クラブ国民の声の6党に分裂した(一部の議員は自民党に合流)。

解党後の地方組織


新進党の分党後、地方組織の多くは中央と同一歩調し、各党派に分裂したが、一部で新進の枠組みを維持した地方組織もあった。

「青森県民協会」(青森県
旧新進党の青森県連をそのまま引き継ぐ形で地方議員を中心に結成。木村太郎山崎力の現職議員を擁すると共に県知事だった木村守男の支持母体として影響力を維持し、第18回参院選で田名部匡省を当選させる原動力となった。しかし、山崎・木村は自民党に移籍してしまい、津軽地方の地方議員の多くが脱退。その後、2000年第42回総選挙では三村申吾を当選させるも、三村も後に脱退。末期には田名部系の地方議員が中心となった組織となり、2004年3月に田名部が民主党に入党すると合流した。
「岩手政和会」(岩手県
新進党推薦で当選した前岩手県知事増田寛也系列の保守系会派岩手県議会では社民党と統一会派を組む。当初は小沢一郎直系だった県議だが、小沢が民主党に移った後も民主党に移らずに小沢と対立するようになった非自民保守系無所属の勢力である。
新進石川」(石川県
奥田敬和を支持する地方議員を中心に結成。奥田の死去後も後継者の奥田建を支援しており、県政における非自民勢力の中核を担っている。2007年の参院選では民主党候補一川保夫を応援し当選させた。2009年の総選挙後民主党幹事長小沢一郎から民主党への合流を要請され、合流した。議会会派としては現在も存続している。
新政みえ」(三重県
前三重県知事の北川正恭、民主党副代表の岡田克也を支持する地方議員を中心に結成。県議会では自公を抑えて第1党である。
「新進沖縄」(沖縄県
自民党に復党した仲村正治を支持する地方議員を中心に結成。2000年6月に自民党に合流した。

党史


歴代の新進党執行部役員表

1994年12月-1996年1月


常任幹事会

党首
副党首
幹事長
政策審議会長
政務会長
国会運営委員長
参議院議員代表
海部俊樹
羽田孜
石田幸四郎
米沢隆
小沢一郎
中野寛成
市川雄一
神崎武法
黒柳明
 〃
 〃
吉田之久
 〃
 〃
渡部恒三
米沢隆
愛知和男

1996年1月-1997年12月

党首
副党首
幹事長
総務会長
政策審議会長
国会対策委員長
参議院議員代表
西岡武夫
米沢隆
渡部恒三
神崎武法
野田毅
(扇千景)

歴代新進党党首一覧

党首
60px 海部俊樹 1 1994年12月8日 1995年12月28日
2
60px 小沢一郎 2 1997年12月18日 解党
3 12月31日

新進党党首選挙の結果


明日の内閣

参加党派


新生党
二階俊博岡田克也自民党の派閥で最大勢力だった経世会が分裂して旗揚げの改革フォーラム21(羽田派)を母体に結党し、直後の総選挙では松沢成文上田清司西川太一郎古賀敬章山本幸三柴野たいぞうらが初当選。後に、自民党清和会(安倍派)の後継争いに敗れた政真会(加藤グループ)も院内会派「新生党・改革連合」を経て入党している。政真会山岡賢次が衆院鞍替えで繰り上げ当選した1989年第15回参議院議員通常選挙比例区次点の(三塚博会長時代の)清和会扇千景政科研(名誉会長中曽根康弘、会長渡辺美智雄小坂憲次石破茂新政策研究会河本敏夫派)石井一二宏池会宮澤喜一派)浜田卓二郎原口一博らも途中入党。
公明新党
新進党に参加する公明党国会議員により結党。公明党からの分党手続きを行った。公明党の衆院議員と参院の改選議員全員に加え、党籍を持たない比例区選出の参院議員で「公明党・国民会議」として会派をくんでいた広中和歌子ほか6名も参加。
日本新党
新党さきがけとの統一会派解消後、江田五月も自身が代表の社会民主連合を解散して合流し、小池百合子と共に副代表就任。衆院では、4月の「改新」参加以降、さきがけに参加するグループが「グループ青雲」、「民主の風」、9月の「改革」参加以降は海江田万里牧野聖修らが「民主新党クラブ」を結成、離党している。野田佳彦山田宏中田宏伊藤達也長浜博行樽床伸二松下政経塾出身者が多かった。茂木敏充遠藤利明は不参加。
民社党
西村真悟小平忠正青山丘らは参加したが、委員長経験者の塚本三郎及び大内啓伍は公明党との合流を拒否して不参加、自民党に合流した。政治団体として民社協会を全国各地に結成。

自由改革連合


9月に結成した衆院会派「改革」に参加した保守系3党派で結成。

改革の会
1994年1月、西岡・大石正光ら政治改革法案で連立与党を支持した自民党衆院議員と、1993年6月、自民党を離党した鳩山邦夫で結成。4月に結成した衆院会派「改新」に参加している。
新党みらい
1994年4月、鹿野道彦ら自民党三塚派の衆院議員5名が細川首相辞意表明の政局を機に結成。
高志会
1994年7月、村山首班指名に反発、自民党を離党した海部・野呂昭彦今津寛野田毅津島雄二保岡興治ら6名で結成(津島は新進党不参加)
自由党
1994年4月、柿沢弘治太田誠一新井将敬山本拓佐藤静雄米田建三ら6名の代議士が、細川首相辞意表明の政局を機に自民党離党し無所属(前年の首班指名で自民党総裁就任直後の河野洋平支持)高市早苗と合流し結成。渡辺首班擁立構想の先行部隊とされた。柿沢、佐藤は新進党には合流しなかった。


このほか、無所属の笹木竜三や「リベラルの会」を経て「改革」に参加していた山口敏夫らがいる。

参院で統一会派「新緑風会」を結成していた民主改革連合(前代表中村鋭一除く)とスポーツ平和党横山ノックらは参加しなかった。

党勢の推移

衆議院

511
第41回総選挙 500

参議院

- 252
第17回通常選挙 17 252 公明11と統一会派)


(参考文献:石川真澄(一部山口二郎による加筆)『戦後政治史』2004年8月、岩波書店岩波新書、ISBN 4-00-430904-2)

脚注


関連項目


かつて存在した日本の政党
保守政党
公明党
民社党
平成時代の政治
1990年代



出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』